頑として麻酔をしないで手術を受けると言い張る女性の話。
ある種のミステリーである。
何故手術をするときに麻酔をしてはいけないのか。最初にその理由が気になり物語に惹かれる。誰かの遺言なのか、宗教上の理由か、それとも寝たら死ぬと思っているのか。
どうやら、彼女は麻酔で寝てしまったときに、言ってはいけないことを言ってしまうのではないかと不安に思っているのだ。不安に思っているというよりも、寧ろ確信しているといったほうが近い。寝てしまえば絶対に言ってしまうとまでに思い込んでいるのだ。
絶対に言えないこととはなんだろう。夫がその場にいて、夫に対して言えないことなのだろう事は分かる。しかし、夫に対して言えないことがあるのだと宣言するのは果たして正解なのか。
言えないことが何かは夫にわからなかったとしても、言えないことがあるというその事実だけで、夫婦間には不和が生まれるだろう。
寧ろ、なまじっか内容を知らないばかりに最悪の事を想像する可能性だってある。ここで言う最悪のこととは何かは分からない。これはその夫にとっての最悪のことである。例えば妻の不倫、借金、家柄等、その夫の価値観にとって最悪だと考えられる可能性を考えるに違いないのだ。
それでも、妻は言えないと言って、頑なに麻酔を拒む。
結局外科部長が手術を麻酔無しですることになり、腹を切り裂かれる。その際に痛みはあるが、外科部長に対してあなただから、と言うのだ。
どうやら、外科部長とこの夫人の間には何かがあるらしい。
ここで、第二部に行く。
この、第二部なのだが、結局は二人は昔あったことがあり、実は婦人も外科部長もお互いのことが好きになっていたという若かった頃の青い話なのだ。
一見昔好きだっただけで、お互い付き合ったことも無ければ肉体関係もない。何も問題は無いように思える。しかし、この婦人にとって、好きになったことがあるという、事実そのものが重要な意味を持っていたのだ。
人間隠れていれば何をしてもいいと、バレなければ何でもいいと思いがちだが、考えた時点で悪なのである。何とも哲学な話である。人に良くするときに見返りを期待するのは善ではないというのと同じだろう。
この好きになってしまっただけで、夫に言えないほどの罪を抱えたと考えた婦人の価値観というのは昔は普通だったのか。それともこの婦人独特の考え方なのか。
手術が終わって二人は同日に死んでしまう。それほどに二人の心は通じ合っていたのだ。肉体は通じ合っていなくても、精神が通じ合っていたら、それは罪にあたってしまうのか。
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